遺言とは、単に財産を誰に分けるかを書き残す書面ではありません。
人生の最終章で、自分の想いを言葉にして届ける、かけがえのない手段でもあります。
ご相談を受ける中で、「もしものときに備えて何かしておきたい」とおっしゃる方が多くいらっしゃいます。しかし、いざ筆を取ろうとすると、何から書けばいいのか分からない、どう伝えるのが良いのか悩まれる方も少なくありません。
今回は、自筆証書遺言の基本的なルールに加えて、想いを言葉にするうえで心に留めておきたいことを整理してみました。
形式を整える ― 自筆証書遺言の基本
自筆証書遺言には、法律で定められた一定の形式があります。
全文、日付、氏名を自筆で書き、押印することが必要です。
形式に不備があると、せっかくの遺言が無効となってしまうこともあります。
ただし、平成31年の法改正により、「財産目録」に限ってはパソコン等での作成も可能となりました。
通帳のコピーや不動産の登記事項証明書を添付する場合もありますが、各ページに署名と押印を忘れずに行うことが必要です。
訂正にもルールがあります
「少し書き直したい」――そんな時にも、訂正には定められた方法があります。
誤った訂正をしてしまうと、その部分が無効になるおそれもあるため、慎重に行う必要があります。
削除は二重線で消し、訂正箇所の近くに「○字削除、○字加入」などと記し、署名・押印をします。
「ほんの少しだから」と思っても、正しい手順で訂正をすることが大切です。
想いを形に残す手段として ― 法務局保管制度の活用
「書いた遺言が見つからなかった」「勝手に破棄されてしまった」
そんな不安を解消する制度として、2020年から始まった「自筆証書遺言書保管制度」があります。
法務局に預けることで、家庭裁判所での検認が不要になり、改ざんや紛失のリスクも減ります。
「遺された人が困らないように」という配慮が、ここにも現れているように思います。
遺言執行者の指定という“安心”
遺言を書いても、それを実現してくれる人がいなければ、内容が空中分解してしまうこともあります。
そんな時、遺言執行者をあらかじめ指定しておくことで、確実に遺言の内容を実行できます。
ご家族や信頼できる第三者、あるいは専門家を遺言執行者として指名しておくことは、
「残された人に負担をかけたくない」という、静かな想いやりのあらわれかもしれません。
付言事項 ― 法的効力はないが、想いを伝える手段に
遺言書に付言事項を入れることは必須ではなく、自筆証書遺言においては一般的ではありません。
それでも、「なぜこのような遺産分割を選んだのか」「家族にどのような想いを伝えたいのか」を補足することで、
遺言書が単なる法律文書ではなく、“想いをつなぐメッセージ” へと変わることがあります。
例えば、次のような言葉を付け加えることで、遺された人々の受け止め方が変わることがあります。
- 遺産分割の意図を明確にする
「長男に自宅を相続させるのは、長年同居して親の面倒を見てくれたためです」 - 感謝の気持ちを伝える
「これまで支えてくれてありがとう」 - 家族への願いを残す
「どうか、みんなで協力し合いながら、これからも良い関係を築いてください」
ただし、付言事項は法的効力を持たないため、
「○○には遺産を渡さない」といった内容を記載しても、遺産分割の結論を左右するものではありません。
また、感情的な言葉や曖昧な表現を避け、相続人同士の対立を生まないよう配慮することも重要です。
付言事項は、遺言者の想いを補足し、家族の不安や誤解を和らげることができる一方、
書き方によっては逆に混乱を招くこともあります。
どんな言葉を遺すべきかを慎重に考えることもまた、遺言を書く上で大切なプロセスなのかもしれません。
さいごに
自筆証書遺言は、誰でも書くことができます。
しかし、本当に大切なのは、何を書くかではなく、なぜそれを書くのかを自分に問い直すことだと思います。
私自身、ご相談を受ける中で、
「この一言を入れたら、家族がきっと救われるだろうな」と感じる場面が何度もありました。
形式は大切です。でも、その奥にある「あなたの想い」こそが、残された人を支えるのだと思います。
その想いが、誤解されず、確かに届くように。
必要があれば、私たち専門家もそのお手伝いができればと思っています。
※この記事は2022年5月20日に作成した内容を、最新情報や筆者の想いを反映してリライトしました。