「伝える」ということは、自分の思いを整理し、言葉に乗せること。
しかし、その言葉が“誰かの心に響いている”かどうかは、また別の話です。
相手の表情が変わらないとき、思いが届かないとき、投げかけた言葉がその場に置き去りにされたような感覚になることがあります。
今回は、「伝えること」と「伝わること」のあいだにある“心の間”について、少し考えてみたいと思います。

伝えることは、思いを整理すること
人は、話すことで初めて自分の気持ちを整理できることがあります。
相続や終活の場面でも、話しながら「自分はこう思っていたのか」と気づかれる方が少なくありません。
伝えるということは、相手のためだけでなく、自分の心を見つめ直す時間でもあるのだと思います。
ただし、どれだけ丁寧に言葉を選んでも、その瞬間に“伝わる”とは限りません。
自分の中では明確に整理できたことでも、相手にとっては唐突に感じられたり、受け止める準備ができていなかったりすることもあります。
だからこそ、「伝えた」ことと「伝わった」ことの間には、どうしても時間のずれが生まれるのだと思います。
伝わるには、相手の準備が必要
相続の話や終活の話題は、誰にとっても軽いものではありません。
「まだいい」「考えたくない」と感じる方にとって、その話題は心の奥に触れ、不安を呼び起こしてしまうようなものです。
それでも、家族として、あるいは支援する立場として、伝えなければならないことがあります。
大切なのは、相手が“受け取れる状態”にあるかどうかを感じ取ること。
言葉を重ねることよりも、相手の表情や沈黙を見つめることのほうが、はるかに意味を持つ場面があります。
どんなに正しい説明でも、心の準備が整っていなければ届きません。
そして、時間が経ってから、いつのまにかその言葉が思い出され、心に残っていくこともあります。
伝える側は、その“時間差”を受け入れる覚悟が必要なのかもしれません。
説得ではなく、対話という視点
気持ちが強くなると、つい「わかってほしい」という思いで、言葉に力をこめてしまうことがあります。
しかし、言葉が力を帯びるほど、相手の心は守りに入ってしまうものです。
だからこそ、説得するのではなく、対話へと目を向けてみる。
相手を動かそうとするのではなく、その場の空気を整えることを意識してみる。
それは、結果を急がずに向き合う姿勢です。
相手が変わる前に、まず自分の向き合い方を変えてみる。
その少しの変化が、会話の流れをやわらかくしていくことがあります。
「伝わる」とは、相手を動かすことではなく、心の通路が開かれること。
その通路を開く鍵は、言葉を重ねることよりも、静かに待つ時間のなかにもあるように思います。
さいごに
最近、「今はまだいい」と、話を先送りしていた方から、半年ぶりに連絡がありました。
そのとき、「あのとき無理に進めず“余白”を残しておいてよかった」と感じました。
伝わるということは、ときに時間を要するものです。そのことをあらためて実感しました。
伝えることと、伝わることは、似ているようで違います。
伝えることは、自分の内側から生まれるもの。
伝わることは、相手の内側で起こる変化です。
そのあいだには、時間も距離も、そして“余白”も必要です。
焦らず、急がず、言葉の先にある思いを信じて待つ。
そうした姿勢の中でこそ、本当の「伝わる」が生まれるのかもしれません。
伝えた言葉が、すぐに届かなくてもいい。
それがいつか、相手の心に残り、少しずつ動き始める日がある。
その“間”を大切にしながら、人の気持ちと向き合うことも必要かもしれません。
