節目の歳を迎えました。
年が改まるだけで、いつもと同じ日常のはずなのに、年始という区切りには、心持ちを整えたくなるものがあります。
節目が重なる年でもあります。だからこそ「いまの自分の姿勢」を確かめておきたくなります。
干支が一巡する区切りを迎え、あらためて言葉との距離を考えています。
年始にあたり、論語の一節を引いてみました。
「六十にして耳順う」という言葉です。
この言葉が、今年はいつもより身近に感じられます。
もちろん、出来ているからではありません。むしろ、今の自分に向けた言葉として受け取りたいと思います。
年の初めに「こうありたい姿」を一つ心に留めておくと、日々の言葉の選び方が少し変わる気がします。
今年は、聞く力を少しずつ整える一年にしたいと思います。

「聞く」という姿勢を、あらためて
人の話を聞いているつもりでも、実際には「次に自分が何を言うか」を考えていることがあります。
結論を急いだり、正しさを先に出してしまったり。そういう自分に気づく場面は、年を重ねても減りません。
たとえば、相手が言葉を探しているのに、こちらが先回りしてしまう。
相手の“本題”がまだ出ていないのに、こちらが“解決”に向かってしまう。
そんな小さなズレは、たぶん誰にでも起こります。
「耳順う」は、何でも同意するという意味ではないはずです。
相手の言葉を、いったんそのまま受け取り、どこから来た言葉なのかを考える。
反発が湧くときほど、一拍置いてから聞き直す。
それができるだけで、会話の温度が変わります。
だからこそ、今年は順番を大切にしたいと思います。
相手の言葉を“処理する”のではなく、まず受け止める。
言い分を整える前に、受け止め方を整える。
そのほうが、誤解も減り、人との距離も整っていくように感じます。
丙午という「火」は、勢いよりも扱い方
今年は丙午です。
丙は「火」の気を持ち、午は「動き」の象徴とも言われます。丙午という言葉には、強さや荒々しさの印象がつきまといます。
ただ、火は使い方次第で表情が変わります。
燃え広がる火というより、手元を照らす灯りとしての火。
周りを焦がす熱というより、自分の軸を温める熱。
勢いが出る年だからこそ、勢いに任せない。
動きたくなる年だからこそ、動く前に一度、確かめる。
丙午を、そんな“整える側”に回しておきたいと思います。
節目の歳と、「配分」
節目というと、何か新しいことを始めたくなるものです。
今年は、増やすことよりも、「配分」を意識して過ごしたいと思います。
体調、時間、仕事、人との関わり。
どこに力が入り過ぎていて、どこが薄くなっているのか。
やる気や根性で押し切るのではなく、整えてから進む。
そのほうが、無理なく続き、結果としてうまく回っていく気がしています。
配分を見直す、というのは、何かを手放すことでもあります。
全部やろうとするより、続けたいことが続く形に整え直していく。
その“直し方”にこそ、節目の意味があるのかもしれません。
さいごに
「耳順う」と言えるほど出来てはいません。
ただ、目標として掲げるより、日々の指針として心に留めておきたい言葉です。
年始の言葉は、勢いよく並べるほど空回りしやすいものです。だからこそ、短い言葉を一つだけ、折に触れて思い出せるようにしておきたいと思います。
身近な人との会話から、まず聞き方を整えることを意識してみます。
「聞く力」と「配分」を、整えていく一年に。
本年も、どうぞよろしくお願いいたします。
