言葉が見つかると、見え方が変わる

先日、明治の看護婦養成所を舞台にした朝ドラ『風、薫る』を見ていて、印象に残った場面がありました。

看護の本に出てくる英語を訳す場面で、主人公が「observe」をどう訳せばよいのか悩んでいました。

そして、それを西周が「観察」と訳したことを知りました。


それは、ただ言葉を訳すということではなく、「observe」をどう受け止めるかということでもあるように思いました。

その場面を見ていて、言葉が見つかると、それまで曖昧だったものが少しはっきりしてくることがあるのだと感じました。

今回は、言葉が見つかることで、見え方まで変わることについて考えてみたいと思います。

言葉が定まると、輪郭が見えてくる

うまく言葉にできないときは、自分の中でも、まだそれがはっきり見えていないのかもしれません。

なんとなく気になる。違和感がある。どこか引っかかっている。

けれど、それをどう言えばよいのか分からない。そういうことは、日常の中でもあるように思います。

今回の場面で印象に残ったのは、「observe」が「観察」と訳されたことで、その行為の見え方まで変わったように感じたことでした。

ただ見るのではなく、気を配って見ること。変化や違いにも目を向けること。

そうしたことが、「観察」という言葉によって、少しはっきりしたように思います。

言葉は、何かを説明するためだけではなく、ものの見え方を変えることもあるのかもしれません。

ぴったりくる言葉は、すぐには見つからない

ぴったりくる言葉は、いつもすぐに見つかるわけではありません。

自分のことでも、どう言えばよいのか分からないことがあります。

なんとなく引っかかっているけれど、言葉にしようとすると、少し違う。そういうこともあるように思います。

これは、医者に症状を説明するときにも少し似ているのかもしれません。

どこか具合が悪い。しかし、いざ説明しようとすると、どこがどうつらいのか、うまく言えないことがあります。

痛いのか、重いのか、だるいのか。

自分では不調を感じていても、ぴったりくる言葉が見つからないことがあります。

けれど、言葉を探しているうちに、自分でも少しずつ分かってくることがあります。

ああ、自分はこういうふうに感じていたのか。

気になっていたのは、こういうことだったのか。

言葉にしてみることには、そういう意味もあるのだと思います。

言葉にすることで、自分でも分かってくる

相談の場でも、最初から考えが整理されていて、言いたいことがはっきりしているとは限りません。

何をどう話したらよいのか分からないまま、話し始められることもあります。

けれど、話しているうちに、少しずつ言葉になってくることがあります。

言葉になることで、ご本人の中でも、考えていたことが少し見えてくる。

そういうこともあるように思います。

自分の中にあるものに、少しずつ言葉を与えていくことで、ようやく輪郭が見えてくる。

そういうことなのだろうと思います。

だからこそ、ぴったりくる言葉を急がずに探すことにも、意味がある気がします。

さいごに

朝ドラ『風、薫る』の中で、「observe」が「観察」と訳される場面を見て、言葉の持つ力を改めて感じました。

ぴったりくる言葉が見つかると、それまで曖昧だったものが、少しはっきり見えてくることがあります。

自分の気持ちも、考えていることも、最初からうまく言葉にできるとは限りません。

けれど、急いで答えを出そうとするのではなく、まずは言葉を探してみる。

そうすることで、自分でも見えてくるものがあるのかもしれません。

言葉が見つかると、見え方が変わる。

そんなことを、改めて感じた場面でした。

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この記事を書いた人

栗田 政和

栗田 政和

相続・遺言・成年後見を中心に業務を行っている。
住宅メーカーに32年間勤務した後、2022年に行政書士栗田法務事務所を開業。
相続や終活に関する相談において、手続きだけでなく、ご家族の状況や思いにも配慮した支援を大切にしている。
東京都行政書士会立川支部理事、公益社団法人成年後見支援センターヒルフェ正会員。
趣味はバイクツーリング、温泉巡り、歴史小説、プロ野球観戦。