相続や終活の準備において、直接手続きを進めるのは親であっても、実際には、そのまわりで悩みや戸惑いを抱えているご家族も多いように感じます。
とくに、「そろそろ話しておいたほうがいいのでは」と感じながらも、なかなかその一歩を踏み出せずにいる方の声を、日々のご相談の中で耳にします。
親の気持ちを尊重したい。けれど、何も決まらないまま時間が過ぎていくのも不安に感じるものです。そのはざまで、どう関わっていけばよいか悩まれる方も少なからずいらっしゃいます。
今回は、親との向き合い方に迷ったときに、気持ちを落ち着けるきっかけになるかもしれない、いくつかの視点について考えてみました。

親の気持ちを動かそうとしすぎない
「遺言の話をしたら、嫌な顔をされた」
「施設のことを切り出したら、『まだ元気だ』と怒られた」
親の反応に戸惑った経験を持つ方も、少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。どれも、親を思う気持ちから出た言葉であっても、うまく受け止めてもらえないことがあります。
そこで無理に話を進めようとすると、かえって関係がこじれてしまうこともあります。
心理学者のアルフレッド・アドラーは、「他者の課題と自分の課題を分けて考える」ことの大切さを説いています。私自身も、相手の反応まで自分の責任にしてしまい、自分の気持ちを押さえ込んでしまっていたことがあります。
「何をどう受け取るか」は相手の課題、「自分が何をどう伝えるか」は自分の課題。そう意識するだけでも、気持ちの整理がしやすくなる場面があります。
理解してもらおうとしすぎない
親の将来を思って提案したことが、うまく伝わらずに否定されてしまうと「こっちの気持ちも考えてほしい」と感じることもあります。
誰かに理解されたい、認められたいという気持ちは、誰にでもあるものだと思います。
ただ、その気持ちが強くなりすぎると、自分のほうが無理をしてしまっていることもあります。
アドラーは、「人は他者の期待に応えるために生きているのではない」と述べています。
相手を信頼し、自分の気持ちを押しつけずに丁寧に伝える。それで十分なのかもしれません。
「伝えたけれど、わかってもらえなかった」と受け止めるよりも、「今は届かなくても、必要なときに思い出してくれればいい」。そんなふうに捉え直すことで、気持ちに少し余裕が生まれるように思います。
目的に立ち返ってみる
たとえば、家のことや財産の話題になると、ふと過去の出来事や感情が浮かび上がってくることがあります。けれど、そこで一歩引いて、「なぜ自分はこの話をしたいのか」と目的に立ち返ってみると、少し見え方が変わってきます。
迷惑をかけたくないから。きちんと準備しておきたいから。親の気持ちも大切にしながら、できるだけ穏やかに進めたいから。
アドラーは、「人の行動には、必ず目的がある」と語りました。そうした考え方に触れると、感情に引っ張られそうになるときでも、「自分は何のためにこれをしているのか」と、落ち着いて見つめ直せる気がします。
さいごに
親子だからこそ、感情が絡み合い、思うようにいかないことがあります。それでも、自分の気持ちを丁寧に伝えること。そして、相手がどう受け止めるかは、相手に委ねてみること。
無理に変えようとせず、自分にできることを一つずつ進めていく。その積み重ねが、時間をかけて関係を育てていくのだと感じています。
すぐに答えが出ないこともあります。けれど、どうにかしなければと力が入りすぎたときほど、自分は何のために関わろうとしているのか、思い出してみるのも、ひとつの方法かもしれません。そんな時間が、親との関係を支える静かな手がかりになるように思います。